いつかの私が考えたこと

ふと思い出した。

幼稚園に行っていたときだったか、小学生になってからだったかもう分からないけれど、いつの日か私は考えた。

「何故スカートを履くのが女の子だけなのか、男の子がスカートを履くのはおかしいことなのか」

そして私にしては珍しく、それを母に聞いてみた。

帰ってきた答えは

「男の子がスカートを履くことはあんまりない」

というような内容だったと思う。

 

その時は某国のキルトのことなんて知らない。

けれど、スカートに似たような服を男の人でも着る国は無いものだろうかと考えた。

 

そんな所があってもおかしくないと思った、そんなことを考えた。

 

この時から私は変わった考えを持った1人の人だった。
f:id:Kren227:20200915233217j:image

生きてて良かった

ああ、生きてて良かった。

小さな頃から「死ぬ」ことが怖かった。

死なないように、危険だと思ったことはできるだけ避けて生きてきた。

大袈裟に聞こえるが、普通に「怖いな」と思うことはやらない、「食べたくないな」(好き嫌いの問題だけでなく、衛生面、安全性等も含まれる場合もある)と思えば食べない、私の舌や鼻もあまり添加物が入った食べ物を好まないので比較的シンプルな味付けの物ばかりを食べるのだ。

ただそれだけ。

小学二年生の12月末、「世界が2012年の大晦日で滅亡する」みたいなことを聞いた。

多分母が好きなオカルト系の番組だった。

その時から

「自分はどこから来てどこへゆくのか、自分が自分という存在であるのは何故なのか、何故自分は自分という身体、意識を持っているのか」

というようなことを考え出した。

今でもふとしたときに考える。

決まってだんだん怖くなって考えるのをやめてしまうが、自分の理解には必要な作業であると思っている。

 

私は周りに上手く馴染めるような子供ではない。

当たり障りのない内容の話はできるが、どちらかといえばオタクじみたことが大好きなので、陽キャ女子(明るくていつも賑やかな女子のこと)とかいうのには相性が悪いのだと思う。

甲高い笑い声はとても苦手だ。

バカにされた時ようなクスクスとした笑い声も。

騒がしいのは苦手だ。

 

「死を避ける」ためのセンサーである耳がその声で邪魔されて、感知出来なくなるから。

「危ないこと」も「怖いこと」も分からなくなって、転びやすくなったり、どこかに手足をぶつけやすくなったり、怪我をする確率が上がるから。

 

「危険」を察知するためにあるはず視力は元々悪かったようで、飛行機雲を描いて空を高く飛ぶ飛行機を10歳でメガネをかけて生活するまで生まれてから見えたことがなかった。

昔は裸眼でも見えていたはずの星空も、今じゃただの闇と化してしまった。

 

できることも増えるかわりに、その代償に今まで出来ていたこと、できて当たり前だったことがどんどん出来なくなってしまった。

 

 

私はこれからどうなるのか、分からないけど、生きていて良かったそう思ってる。

 

人生の幕を閉じるときは、「生きていて良かった」と言える人生にしていきたい。


f:id:Kren227:20200726220425j:image

秘密があります two

私には秘密があります。

 

私はみんなが思う以上に臆病で怖がりだということです。

普段は基本的に真顔で、普通に笑う時には笑います。

驚かされたときには、反応するまでにほんの少しだけタイムラグがあります。

なにかされてから、何をされたか、何が起こったか、しっかり理解するまでに時間がかかるのです。

そのタイムラグをなかったかのように表情を変えないのが、「驚かない」ように見える原因です。

なんともなかったような顔をしていれば、とにかく何とかなると思っているからかも知れません。

なんともないことはないんですが。

 

周りの人に自分の全てを見せない、自分の全ては自分だけが知っている。

そんな状態です。

 

そのせいか、中学生になるまで同級生に特に仲がいい子があまりいなかったのです。

知らんけど

「こだわり」って何だろう?

「こだわり」

よく自閉症とか自閉症スペクトラムの人の特徴として挙げられますよね。

私もその中の1人です。

「こだわり」に沿って生きています。

 

そのこだわりって何?っていうと、「自分にとっての決まり」です。

自分に不利でもそれに従います

「絶対守るべきもの」、「不安を安定させる方法」です。

破っても何が起こるとかはないんです。

でも、「なんかいつもと違うと違和感あるよね」っていう感覚がかなり強めで出てきます。

それが 、癇癪になったり、ストレスに繋がったりするわけです。

例えば

  1. 椅子から立ち上がる
  2. 椅子を机に入れる
  3.  (始まりor終わりの)あいさつ
  4. 座る

のような、一連の流れがありますよね?

それが生活の至る所に散りばめられてるんです。

「いつものお決まりセット」が1番わかりやすいです。

  1. 連絡帳
  2. その日の時間割通りの教科書、ノート
  3. 体操服

のように学校に持っていくものってお決まりです。

それが新学期になって知らせもなくいきなり変わる、それが「こだわり」に逆らうことです。

 

自分でも思うのが、「不思議だなぁ」ってことです。

 

自分でも分からない時にルールが改正されることもあるんですけども←

そこも不思議ですよね。

 

人に迷惑をかけない「こだわり」ならいいんです。

私の幼少期は「巻き込みこだわり」(主に母に)がありまして、自分が言ったことを実行してくれて、しかもいつ行っても同じ反応、行動をとってくれることに安心するってことです。

今思えばかなり迷惑…

母上ごめんなさい…(´;ω;`)

自分についてよく分からないのもですけど、自分でも何がこだわりなのか意識してないので余計にわかりにくい…

発達障害である私から見た「場の空気を読む」こと

日本には「空気を読む」文化がありますよね。


f:id:Kren227:20200614184134j:image
f:id:Kren227:20200614184158j:image

なんか目にはっきりとは見えないけど、何となく肌で感じられる「あれ」

発達障害である私にも感じられるのです。

読めないけど。←

私からすれば場の空気って

「なんかチクチクするなぁ」とか「なんか胸がザワザワする感じなだなぁ」みたいな

「はっきりしないもの」なんです。

もしくは、私の生きてきた中での経験上「次はこんな流れになるな」って予測できる感じです。

状況によっては当てはまらない場合も必ずあるので、「空気読めよ」みたいな言葉が結構こころにグサッと来ますけども。

 

小学生(中学年くらい~高学年)とか中高生って独特の空気ってあるでしょう?

 

それが私はめっぽう苦手です。

年によって変わるんだもん!!

それに沿えなければハブられるのよ…ヾ(:3ヾ∠)_

そりゃハブられるのには慣れてるし、なんなら私と同じように賑やかなのが苦手なタイプの子だっている訳だから、その子たちと超仲良くなるわけです。

でもさ、これもある意味ではいじめに繋がることもあるんですよね。

私のクラス、福祉科だから担任の先生に

「このクラスでは、人の心の勉強もします。なのでいじめなんかは絶対に許さない」

的なことを言っていたような…

 

まぁそろそろクラスメイトも私の大人しいような、それでいて子供っぽいような、なのに授業ではかなり積極的に発言し、音楽しかも歌となると普段の声では想像つかないような声(かなり大きい)で歌う

そんな私を「何かが違う」と思い始めたのかも知れません。

 

女子からの視線がチクチクするんです。

これからどうなる事やら…

将来のこと

将来、就きたい仕事や職業、そのために必要な資格と経験…

私が通っている私立高校には専門学科があります。

普通科もありますが、進学を希望するために来る科です。

専門学科は5つ。

  1. キャリアデザイン(2組)
  2. 食物調理科(3組)
  3. 衛生看護科(4組)
  4. 保育福祉科・保育コース(5組)
  5. 保育福祉科・福祉コース(6組)

私が居るのは、6組の福祉コースです。

主に社会福祉と介護、こころやからだのしくみが1年での学習過程です。

 

社会福祉は中学までで言う、社会の公民です。それを少し深く勉強する感じです。

(人口とか、少子高齢化、福祉に関する法律など)

 

介護福祉は見ての通り介護に関する勉強をします。認知症がどんな病気なのか、どんな接し方をすればいいのかなど高齢者に関することが多いと感じられます。

 

こころとからだの理解(ここまでが教科名です)は、私たちのからだやこころのしくみを学びます。

寝たきりになってしまうとどんなことがからだやこころに起こるのかなどが主になっています。

これらは今、現時点での私の感想です。

 

ここからは私のどストレートな思いです。

  • 私は言語聴覚士のような職業に就きたい
  • もしくは、放課後デイサービスの先生のような子供をサポートする職業に就きたい
  • そのためには資格取得が望ましいと考えている
  • 自分の「声」が上手く表せない子に「聲」で表せるようにサポートする仕事もしたい

 

このように、まだ決まってない状態です。

これをひとつに集約できるかどうか…ヾ(:3ヾ∠)_

 


f:id:Kren227:20200606204927j:image

「障害」と「障がい」の違いとは?

 

昨日5月19日は高校の投稿日でした。

私は保育福祉科の福祉コース(以下、福祉科と略します。)で勉強をしています。

私たち1年生の過程では3つの福祉に関する教科があります。

  1. 社会福祉基礎…社会福祉について学びます。教科書には指文字なども載っていました。
  2. 介護福祉基礎…主に介護について学びます。人権問題などの内容も教科書に載っていました。
  3. こころと身体の理解…人の体について(主に)学びます。

 

今のところ分かっている範囲での説明なので詳しく書けなかったのですが、主にこんな感じです。

これを踏まえて読んでいただきたいのが「障害」と「障がい」の違いについてです。

 

障害…物事の達成や進行の妨げになること

(Wikipediaより)

と本来の意味はこのようになっています。

なぜ「障がい」と表すかは、介護福祉の教科書に説明が載っていました。

「障がい」…障害の「害」という字がマイナスなイメージがあるためひらがなで表している

とありました。

私自身の感覚では、障害がある方は障害があることで生活に支障が出てしまい、周りの方の手助けを必要としている、障害があるからといってその人が「害」ではないから「障がい」になると思っていました。

 

それでも客観的に見て個人の考えとしては良いと思います。

でも実際には「障害」でも「障がい」でもあまり変わりはないのです。

私も障害を持ってはいますが、普通に障害と書くし、障害を持っている方もそれにこだわる人は少ないように思えました。


f:id:Kren227:20200520092546j:image

つまり…

あんまり気にすることなかった←

ってことです。